カメヤ鍼灸舎 のびのび
浜松にある ハリ・灸・手技療術の 東洋医学の治療所です

ナラティブ・メディスンと『落下の王国』

the_fall_12.jpgなんでも治療に結びつけて考えてしまうのは
悪い癖なのだろうか。
ターセムの映画『落下の王国』を観て
これってもしかして
ナラティブ・ベイスト・メディスンじゃん、と思った。

なるほどターセムなので、映像は美しい。
ベートーベンの7番が流れる最初のシーンから
もうあたりまえに美しい。
がしかし、それ以上にとても奥行きのある作品だった。

「ナラティブ・ベイスト・メディスン(Narrative Based Medicine)」
というのは、患者さんと治療者の間で取り交わされる対話を、
治療の重要な一部であるとみなし、
患者さんが語る「病いの体験の物語り」に焦点をあてた医療のことをさします。

あたりまえ、と言えばあたりまえのことですが、
これが成立するのは、なかなか難しいのだと思います。
なぜならこの物語(Narrative)には、話し手と聞き手が存在し、
そして「聞く」という作業は想像以上に難しいからです。

the_fall_7.jpg映画の『落下の王国』では、
落下して脚が動かなくなったスタントマンが
腕を怪我した少女を相手に、物語を話し始めます。

物は自然と語り出すものです。
トキトコロに、モノを置けば、コトは勝手に動き出します。
そして、それがどの方向へ流れて行くのか、
それを眺めてさえいればいいのだと思います。
ターセムは二人のつくっていくその物語を、美しく映像にしていきます。
二人の傷ついた登場人物は
確かに、自分たちの編んだ物語に救われたのだと思いました。

ターセムの映画のように
生きていれば、スタントマンみたいに落下したり
ぶつかったり、もしかしたらその連続なのかもしれないな、
と思うのです。

治療をしていると、患者さんが自分の物語を自然に
話し始める瞬間があります。
そして僕は、その物語に耳を傾けることしかできないのです。
しかし、物語を話すことで何かがホドけて、何かが流れ出す、
そういう瞬間があるときも稀にあります。

2008年09月27日 芝居について

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