カメヤ鍼灸舎 のびのび
浜松にある ハリ・灸・手技療術の 東洋医学の治療所です

羊男でわしも考えた

images-5.jpeg羊男といっても、
村上春樹氏の「羊男」ではなくって
南ロンドンで逮捕された羊男のことです。

ちょっと前のニュースになるのですが
南ロンドンで27歳の男性が羊を姦し、
獣姦罪で捕まったそうです。

日本では羊は馴染みがないので、
この暑いのにどうでもいいニュースかもしれませんが、
うなぎに馴染みのない他所の国の人にとっては、
偽装うなぎのことはどうでもいいのかもしれません。

さてさて。
それでこの暑いのに、性と死のことを少し見つめてみたのです。

聖書にも記載があるくらいですから、
大陸では、羊は人の生活に関わりのある動物です。
羊毛は温かいし、羊肉はうまいし、
あと、いわゆる四文字、です。
ですから、こういうことは実は昔もあったのかもしれません。

かつて船乗りさんたちは、長い航海で女性を乗せるかわりに
羊を乗せていたという話もあり。
そんなことをしてたら性病が伝染したという話もあり。

人間(男ですけど)という生き物は、
こういう側面を確かに持った生き物なんだと再認識。

男だけだと可哀想なので。
以前、仕事で行ったN県のある村では、
年に一度、女性たちにも無礼講の夜が、(暗黙の了解のうちに)
あったそうです。
10年くらい前のはなしですが。
飲み屋で誘われてた若い男子とかいましたよ、ホント。

デーモンを消化する暗黙のローカルルールが、
コミュニティには在ったのだと思います。

つぎに死のことを書きます。

あまりにも刃物による通り魔殺人が多いし、
「誰でもいい」死が多すぎるので、
違う角度から死について
アプローチしてみたいと思います。

長谷川伸著『日本敵討ち異相』によれば、
この国では明治の初期まで敵討ちが認められていたそうです。
敵討ちが認められるには、細かい法もあるんですが
「誰でもいい」死ではなかったはずです。
なにしろ敵討ちに自分の一生を費やした方もいたくらいですから。

山田風太郎著『人間臨終図鑑』によれば、
歴史においては斬首でなくなった方も
多いことに気づきます。
フランスなんかではギロチンだけど、
日本だと明治14(1881)年7月24日の斬首刑廃止まで、
刀で斬っていたそうです。

そのつながりで、最後の首斬、
八世山田朝右衛門の記事が載っている
『明治百話(上)』岩波文庫刊、を読んでみました。
もともとは、日本刀の試し斬りをする幕府の役人
だったそうですが、
転じて斬首が家業となったそうです。

八代目は、12歳から父親と刑場に行き
17年間、刑の執行をしたそうです。
今となっては聞くことはできませんが、
この人が見ていた世界はどんなだったんでしょうか。

この本を読むと、執行する側も
罪人の死に対して敬意を表していたことがわかります。
死は誰にとっても、少なくとも、
軽いモノでは決してないのです。

性と死。
黙して語らず。
でもわかってくれよ的な。でも知ってるでしょ的な。
陽のあたるトコロでは大っぴらにできないけど、
陰にはこんな世界も確かにあるんだよ、みたいな。
そんな感じも失われつつあるのかな、と思います。
(長文失礼)

2008年08月01日 店長の二刀両断「世の中バカなのよ」

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